第三章
住宅を早く決めさせるための
様々な手法と要因
その1、ホストの手法
勇人くんご夫婦が今回体験したことは僕は良かったと思うんだよね。
なにがいいんですか!まんまとあのホストに入れ込むところだったのに!
あ、みずきはあの営業マンをホストだと思っていたのね…。
まあイケメンだったしね♡もう冷めたからどうでもいいけど!
お、女心と秋の空…。話の途中で申し訳ないけど、改めて今も昔も住宅業界は変わらない。この超がつくほど成熟し切った業界では、とにもかくにも「早く決めてください!」という風潮があって、そのためにお客さんに考えさせないための様々な手法が存在してる。みずきちゃんがひっかっかりそうになった、”奥さんを営業マンに惚れさせる” というのもその1つだね。みずきちゃんの場合は今回、魔法が溶けちゃったけど、魔法が溶けずにそのまま建てる人はたくさんいる。というか大手の住宅メーカーの場合、このパターンはかなり多いんじゃないかな。
そうだったのかー!危なかったー!
その2、相手の親
家を早く決めないといけない要因はまだまだあるよ。これも多いね。相手の親が絡んできて早く決めないといけなくなるパターン。
ん?どういうことですか?
そうだな、僕の友人の息子さんは、完全に奥さんのお尻に敷かれている感じのご主人で、婿養子でもないのに、奥さんの親御さんに、「私たちの家の横に家を建てなさい!」と言われて、しかもメーカーは親御さんの指定業者、時期も親御さんが決めた。僕の友人が知らないうちに息子が、実家から100キロも離れた土地に家を建ててしまった…。こんな家づくりで自分たちが考える時間なんてあるわけないよね。
そ、そうですね。
その家、数年後には母屋と連結されていたよ(笑)
か、かわいそう…。
でも多いよ。このパターン。特に親御さんが土地を持っていたり、お金を出してくれたりする場合はどうしてもこうなりがち。配偶者のことがぞっこんで言いなりになっていたりすると止められない。
相手の親に逆らうことはできないですからねえ。まして結婚に反対されて強引に結婚なんてでもしてたらそりゃ、従うしかないですね。
でしょ?家づくりってそういう問題も絡んでくるんだよ。でもそういう場合は理想の家を建てるのは難しいね。
その3、建主の時間的制限
これも多いね。家の完成時期にタイムリミットがあるパターン。例えば、子どもの入学までに家を完成させなければいけないとか、子どもが生まれてくるまでに必要とか、結婚までに必要とか、自分たちで時間的制限を設けてしまって、とにかく早く建てようするパターンだね。
あ、私たちにもそれはありますね。「子ども部屋を入学までには用意させてあげたいね」っていうきっかけから家づくりがスタートしてます。
もちろんそれも大事だけど、いつの間にか理想の家を建てることより、その期限までに建てることを優先して、「とにかく期限までに建てないといけない!」みたいに目的と手段が入れ替わってしまうのが怖いところ 。考える時間が制限されている中で急いで建てる感じにどうしてもなってしまうから、そういう家は問題が起こりやすいね。
なるほどー。確かにいつの間にか、入学までに絶対完成させないといけないって思うようになっていました。
それは当たり前だよ。営業マンもそのタイムリミットを逆手にとってついてくるからね。「早く建てないと間に合いませんよ!」みたいにね。そうなると「そうか!早く建てないと!」みたいに建主自身が思い込むようになってしまう。
なるほど。よく考えたら今の賃貸に1年多く住んでもいいわけですからね。あ、そういえば子ども部屋が欲しくなったのもあったんですけど、賃貸の更新料を払うのがもったいないってことが家づくりをするきっかけにもなってます。
賃貸の更新料をけちって急いで建てて失敗したら元も子もないよ。期限がある中で家づくりをし始めると、その冷静さはどんどんなくなっていく。目的を失わないこと、覚えておいてね。
その4、売主の都合
まだまだあるよ。これ、よく考えると買主にまったくメリットがないんだけど、売主の決算とか売り上げの確保が必要とかそういった理由で早く決めてくださいと迫るパターン。
あ、あの営業マンも決算って言ってた!だから安くするって。
確かに安くするって言われると飛びついてしまいがちだけど、「車じゃないんだから、そんな感じで買って大丈夫?」って冷静ならわかるんだけど、人間、値引きとかのにんじんをぶら下げられると弱いんだよね。こっちのことを思ってくれてると感じちゃうし。「〜さんだけ特別ですよ♡」なんて言われるとさらにくらっときちゃう。
ちょっとちょっと!あの営業マンそのものじゃないか!
いい営業マンだな〜って思っちゃったでしょ?
ええ。
でもよく考えたらそれ、相手の都合だよね。キャンペーンとかモニターとか、でもそれってよく考えると早く決めてもらうための相手の都合だよ。キャンペーンもモニターも正直言って毎日やってるよ(笑)
目が曇っていたー!
その5、補助金・控除・金利
これも住宅業界では早く決めてもらうための武器になっているね。「補助金がもうなくなってしまいますよ!」「今建てないとローン控除が受けられなくなってしまいます!」「金利はこれからどんどん上がりますので、今建てたほうがいいです!」金利に関しては30年でむしろ下がっているけどね(笑)。
あー、言われてたなー。でも控除が受けられなくなるとか言われるともったいない気がしちゃうんですよね。
確かにもらえる補助金がなくなったらもったいないけど、それを受けるために考える時間を減らされて変な家を建てるほうがよっぽどもったいない と思わない?
そうか。そう言われると僕まで魔法にかかっていたかもしれない…。
その6、図面は素人ではわからない問題
早く決めさせる手法の代表格、これが図面、設計図は素人にはわからないから、「リビングはこれだけ確保したから十分ですよ。」とか言われるとお客さんとしては、相手はプロだと思ってるから「あ、これで大丈夫なんだ。」と納得してしまう。
でも相手はプロなんだから、プロが設計してくれた図面なら大丈夫なんじゃないですか?
勇人くんご夫婦だから正直に言っちゃうよ。図面のことを本当にわかっている営業マン、設計マンって少ない よ。まして本当は狭いとわかっているのに「これで十分です。」って言うパターンさえある。金額の面の問題で広くできないために。十分だと言われたことを鵜呑みにして建ててしまって後悔している人は本当にたくさんいる。建てた人は何も言えないけどね。
そう言えば、間取りのことについてあまり真剣に考えていなかったかもしれない…。
後で話すけど、現代の家づくりは間取りよりも違うところで考えることが多すぎる。最新の設備やら蓄電池やら太陽光発電、気密性とかね。でもどこまでいっても家は間取りだよ。いくらネットで勉強しても間取りのことは素人ではわからないね。
その7、土地のローンの発生・家賃がもったいない問題
家を早く決めないといけない要因としてこれも多いね。土地を買ったことでローンが発生して、家賃とのダブルの負担になってしまって、それはもったいないから家を早く決めて家賃をなくさなきゃ!って建てることを急ぐ。
あ、今の僕たちですよ。土地は買ってあって、今まさに家賃とローンの両方を払ってますから。
銀行によっては土地だけを買って家がまだの場合、金利だけ払うことを交渉できる場合もあるし、もしそれができなくても、それに急かされて考えずに変な家を建てることのデメリットは計り知れないよ。
でも営業マンが言ってくるんですよねー。「今の状況はもったいないですよー。」そう言われるとそうかもって思っちゃったりする。
まあそれだけ家というのは、早く決めないといけない要因が多いってことを知っておくべきだね。しかもまだまだある。
その8、建売り
勇人くんたちは土地を購入したということだから関係ないとは思うけど、建売りを買おうとする場合、数に限りがあるから、早く決めないとなくなってしまうという恐怖から契約を急かされることも多い。
それはそうですよね。僕らも最初、建売りを考えたんですよ。でも建売りを買った友だちが数名いるんですけど、あまり良い話を聞かないんですよね。彼らが「建売りはやめたほうがいい!」って口を揃えて言うから、なら僕らは注文住宅にしようってなったんです。
僕のところに来る人で家づくりに失敗したと感じる人で一番多いのが建売りを買った人なんだよね。建売りを売る側は、立地とか校区とかそういった利点を売りにして売っているのであって、建っている家に関してはほとんど説明もしないよね。建物もどうしても価格重視の家になってしまうから基本的な性能を満たしていない家さえある。もちろん、しっかりとした建売りもあるかもしれないけど、ほとんどの場合はほぼ、家のことは二の次で、とにかく立地だけで買わせようとする。建売りは基本的には好立地の土地をおさえてそこに家を建てる。好立地の土地はどうしても土地代がかかるからその分、家にしわよせが来る感じになるね。
それはなんとなく感じていたんですよね。だから自分たちは自分で土地を買って、建物は別にしようって考えました。
正解だと思うよ。それほど、建売りを買った人の失敗例は多い。「早く買わないと家がなくなりますよ!」って思わされてる中で家は絶対に買ってはいけないよ。大手のメーカーだって建売り仕様っていうお金がかかってないタイプがあるくらいだから。建売りで当たりを引くのはかなり難しいんじゃないかな。
その9、条件付き分譲
建売りよりもいいかもしれないけど、条件付き分譲というものもあるよね。これもやっぱり、土地がなくなってしまう恐怖感でお客さんを煽って、早く住宅を契約しようとしてくる。中には「この地域でこの範囲でないと家を建てたくない!」みたいなお客さんもいて、そういう人の場合、もしその希望範囲で条件付き分譲地が販売されたりすると、無条件で飛びついてしまう。そうなると家というよりも場所を買うみたいになって、なくなってしまうことへの恐怖感から早く決めないといけないという感じになっていく。家のことなんか後回しにしてね。まさに売る側にとっては鴨ねぎ客。でもそんな中で建てた家、理想の家になるはずないよね。
僕たちもそうでしたよ。最初、希望の地域内で、とあるメーカーの条件付き分譲地に興味がわいたんです。でも、その土地を買ったらその業者で建てないといけなくて、それだと良い家が建ちそうにないなと思ったから、土地を買う地域の条件を広げたんです。で、結果的に少し離れたところの土地を自分たちで買いましたね。
それが正解だと思うよ。結果的に自分たちで買った土地だから、今回、その営業マンの提案も断ることができたわけだし。もし、条件付きだったら断ることもできてないよ。「これでいいのかなあ?」って思いながらもどんどん家づくりが進んでいって、家が完成してしまう。実際、そうやって建っちゃう家もたくさんある。
うーん、そう考えると家づくりって本当に早く決めなければいけないという要因で溢れてるんだなあ…。
そうだよ。しかも、これらの要因は何十年と変わっていない。だから3回建て直さないと理想の家は建たないなんて言われるわけ。しかも業界はそれを変えようとしない 。それをすることで売れるからね。しかもその手法を ”売るための効果的な手法” だと教えているところさえある 。お客さんの住んだ後のことなんてはっきり言って考えていない。それが住宅業界。勇人くんご夫婦はそれをリアルに体験しただけ。だから今回のことは良かったんだよ、逆にね。
今、雄一さんの話を聞けば聞くほど、何やっても結局、早く決めてくださいという中で家を買わされそうで怖いんですけど…。
その通りだよ。普通に家を建てようとして普通に家づくりを始めたら住宅業界の常識の中に飲み込まれていく。でも現代はそれだけじゃないよ。もっともっと家づくりが難しくなっている。
ど、どういうことですか?
その10、現代の住宅業界「お客さんの多様性を認めるかわりに早く決めてください」
今の住宅はSNSやインターネット上に情報が溢れすぎている。だから ”お客さん側の目が肥えている” と住宅業界では考えられている。勇人くんご夫婦も家を考える前にいろいろとネットで調べたんじゃない?
調べましたね。インスタでキッチンとかリビングとかいろいろ見てました。
でしょ?それがわかってるからメーカー側もインスタなんかに映える写真をアップしたりして、一見、そんな家が建ちそうなイメージ、見た目ばかりを訴求する。そういう情報がたくさん溢れてるから、お客さん側としても、「インスタで見たからこんなイメージにしたい!」「今話題の映えるこのキッチンにしたい!」みたいに言ってくる人が非常に多い。そうなると住宅メーカー側が、お客さんの要望をそのまま聞いて採用するなんてことがよく起こっている。もちろん、お客さん側も自分の要望が叶うから満足するわけだけど、それって本当に良い家なのかな?
え?どういうことですか?
えーとね、SNSには見栄えとか綺麗な写真ばかりが溢れている。それを住宅メーカー側も知っている。それを見たお客さんはそれが良いものだと思い込む。そしてそれを採用したいと営業側に言う。今の住宅営業は、お客さんの言われたことをそのまま採用して、「はい!これで良い家になりそうですね!」とか平気で言ったりする。で、次に言う言葉は、「お客さんの要望は聞きましたので早く決めてください!」だよ。後半の部分の「早く決めてください!」は昔と変わっていない。これって一見、お客さんを目が肥えていると持ち上げて、それを私たちは素直に採用しますよって言って、良い営業のように見えるけど、結局は、「あなたの要望を聞いてあげたので早く決めてください。」と言っているよね?
そ、そうですね。
この流れ、本当に多くて、こうやって建てられた家は、統一性もコンセプトも何もない、表面的な部分をただただ採用した素人の考えた家がそのまま出来上がることを意味してる 。実際に生活して数年後、数十年後のことを考えたら、昔のできる営業であれば、揉み手スタイルで、お客さんが言ったことをそのまま採用するなんてことはしない。でもそうやって建っちゃうと、お客さんとしても自分の言い分を通して家を建てたわけだから、住んでから家に問題が出てきたとしても、営業に文句を言いにくい 。ある意味、営業としても好都合なんだよね。
うわあ、なんか嫌な感じ!
「多様性を認めないといけない時代だからお客さんの希望や要望を私たちは素直にお聞きします。その代わり、早く決めてください。あなたの要望を叶えたので文句はありませんよね?」これって、本当にお客さんの多様性を認めてるのかな?ただの提案力がないだけ だよね?こんな感じで建てられた家が多いから、住んだ人も昔よりも文句を言えなくなっている。事実、今の家づくりでクレームなんてほとんど発生しない。クレームが言えないようになっている。だって売り手側も「こちらはちゃんとあなたの要望に答えましたよね?」って切り返しができちゃうから。
うーん…、多様性を認めるってなんなんですかね?
家づくりにおいては、図面が素人では読めない以上、プロが提案しないといけない よ。それなのに、素人でもわかりやすい見た目の部分をひょいひょい聞いて採用して、「はい!良い家になりましたね!だから早く決めてくださいね!」これで良い家が建つんだろうか?私は現代において家づくりはますます酷いことになっていると思う。これまでの住宅業界の風潮、「早く決めてください!」に加えて「あなたのことを聞いたから早く決めてください!」という、多様性を認めると言う偽善の元に、早く決めさせることに拍車がかかってる 。さらに現代の家は、住宅の値段の高騰化により、同じ予算で建てることができる家が小さくなっているから、表面的な部分を採用しそこにお金をかけるとますます家が小さくなって、住みにくい家が出来上がるようになってる。究極を言えば、現代の家は、素人の考えがそのまま採用された、キンキラキンの豪華な設備がついただけの小さくて住みにくい、数年後にほぼ確実に問題が発生する家が量産されている とも言えるね。
それが真実か…。なるほどなー、それ聞くと何やっても失敗しそうに思えちゃいますね…。
そう。だから今回、営業マンの魔法に気づき、断りを入れた勇人くんご夫婦の決断は、正しかったんだよ。今の時代こそ、家づくりを真剣に考えないといけないし、何も考えず一般的なやり方で行くと理想の家なんて建つはずがないよね。
あー、イライラしてきた。あの上司ときたら、「住宅は早いほうがいいですよ!建てようと思った日が吉日です!」なんて、最後、値引きをちらつかせて私たちの足元をみやがって、こういう図式だったのか!何が吉日だ!それ、おたくらにとっての吉日だろ!雄一さんに会っておいてほんとよかった!
住宅業界の間違った常識、現代における家づくりの難しさ、これを知っておかないと何をやっても失敗するレールに乗らされる。住宅メーカー側はお客さんより一枚上手だよ。だったらこっちが賢くならないとね。
ほんとそうですね。僕たちは遅すぎましたかね?
建ててしまったら遅すぎだけど、勇人くんご夫婦は今が家づくりを真剣に考えるベストなタイミングでしょ。
そっか。まだ建ってないですしね。ローンと家賃がかぶっても、へんな家を建てるよりよっぽどましか…。
そう。そういう冷静さが家づくりには必要になる。時間をかけて、よく考えて、何が必要で、何の目的で、どんな家を建てるか?自分たちの理想の家ってどんな家なのか?インスタで映える家が本当に必要なのか?冷静さがないとそんなことは考えられない。「あなたの要望を聞いてあげたから早く決めてください!」というセールストークに惑わされないこと。
あー、よかった。私の怒りは間違ってなかったんですね?
僕の違和感もね。雄一さん、この現代において理想の家を建てるにはどうしたらいいですかね?
これから教えるよ。私が考える理想の家の建て方をね。
わあ聞きたい!教えてください!
コラム
伊藤雄一×倉地加奈子
対談
ここで共同著者の倉地加奈子さんとの対談を載せてみようと思います。倉地加奈子さんは某大手メーカーでインテリアコーディネーターとして働いた経験があり、大手住宅メーカーの内情を知っています。その彼女と私とで住宅業界のリアルな中身についてを話してみようと思います。
加奈子さんは大手の住宅営業マンのことを知り尽くしているように思うんですけど、なんでそんなに詳しいんですか?
私は大手の住宅メーカーのインテリアコーディネーターとして5年ほど働いたんですけど、担当の展示場が数回変わったりしたことで、5年の間で50人近い住宅の営業マンと一緒に仕事をしたんですよね。それだけの数の営業マンと仕事をすれば、住宅営業マンの共通点が嫌でも見えてきますね。
あの時の話を聞かせてくれませんか?現場見学会でみずきちゃんのように営業マンに惚れている奥さん同士が鉢合わせた話。
あー、あの話ですね。住宅の営業マンは雄一さんのおっしゃる通り、奥さんに自分に惚れさせることで住宅を契約している人はすごく多くて、恋愛感情じゃないですけど、盛り上がっている間に契約を取っちゃうってことはよくある話なんですよね。でもある時、劇中のみずきちゃんのように、営業マンに入れ込んで盛り上がってる契約間近のAさんと、まだそこまで盛り上がっていないBさんが、現場見学会で一緒になってしまったんです。その時、その営業マンはAさんは盛り上がってるし、契約になると確信してたから、Bさんの方に注力しようとしたんですね。でもAさんとしては、まだ契約前だし不安だから、営業マンに構ってもらいたかった…。なのに営業マンはBさんを惚れさせることに夢中になってしまった。
なるほど。それ、面白いですね。で、どうなったの?
私はインテリアコーディネーターとして客観的にその情景を見ていたんですけど、Aさんがその営業マンの様子を見てぼそっと言ったんですね。「あ、みんなに同じようなやり方でその気にさせてるんだな…。」
その営業マンは女心をわかってなかったね。
そうですね。Aさんは手に入れたと思い込んでしまって隙が出ちゃったんですね。そこは女性は見逃しませんよ(笑)
それでAさんはどうなったんですか?
魔法が溶けちゃいました(笑)契約に至らずです。
ホスト手法でやるんだったら女心には細心の注意を払わないと。
でも住宅営業ってそれが仕事じゃないと思うんですけどね。ホストじゃないし。しかもこういう手法で売っている営業マンのインテリアコーディネートの担当は本当にやりづらいんですよ。
どうやりづらいの?
インテリアのコーディネートって住宅の契約後に入ることが多いんですけど、私がお客さん(奥さん)に、家がもっと良くなるための提案をしても、「営業の●●さんはなんて思うかなあ♡」「●●さんに聞いてみないと決められないかなあ♡」みたいに完全にハートマークになってる。それを見たご主人がイライラしだして、私の目の前で喧嘩を始めた日には、なんだこれは?って、なんのための新築なのか?と思っちゃいますね。もう完全に奥さんが営業マン以外見えなくなってしまってて、営業マンの言いなり。営業マンがお客さん思いの場合はそれでもいいですけど、大抵、そういう売り方をしてる営業マンはそうじゃないから…、「これじゃあ、いい家は建たないだろうなあ…」って正直、切なくなってました。
ザ・大手メーカーっぽい話だね。それって何年前の話?
15年くらい前の話ですね。
今も昔も変わらないね。最近も住宅の営業マンと触れ合う機会があったんですよね?
ええ。母が家を建てることになって、これまた超有名住宅メーカーで話を進めていたんですが、契約間近になって図面を見て欲しいと言われたので、私と主人で図面を見たんですよね。そしたら、それはそれはでたらめな設計で(笑)。母に「なんでこんな間取りになったの?」って聞いたら、「私たちの要望をすべて聞いてくれたし、営業マンが一年目で頑張ってくれていい子なの。だからあまり強く言えないのよ。」って母が答えたんですね。しかもその子が良い間取りだって言ってくれるからそうなのかな?って思ってたって。
可愛い営業マンがマダムに気に入られるそっちのホストパターンね(笑)「あの営業マン、本当によく私たちの要望を聞いてくれて頑張ってくれて可愛くてー♡」このパターンで惚れてしまうマダム層も多い。加奈子さんのお母さんのことを言うのはちょっと心苦しいですけど。
いやまさにそうだったんです。それで私が「こんな間取りダメだよ。プロから見れば住みにくいってすぐわかるよ」って言ったら驚いて「そうなの!?じゃあ間取り書いて!」ってなったから、「家族だし私もプロだし口挟むよ!」ってなって…、超高級住宅だったこともあって、それで私が一から図面を書き直したんですよね。
そしたらその図面のまま家が建ったんだよね(笑)
そう。設計マンと営業マンは最初、図面を変えるのを渋ってたみたいんですけど、私と主人が大手の住宅メーカー出身だとわかると、すぐその間取りを採用して、それが会社の中の設計の賞を取ってしまった(笑)そしたらその設計マンが「ほんと良い家になりましたねー。僕としても賞がとれて誇らしいです!」って…。あ、これが今の住宅メーカーのレベルか…と愕然としましたね。
そのメーカーも全国トップクラスの元営業2人相手にやりにくかっただろうなあ(笑)加奈子さん、そのメーカーの設計やったらいいじゃん?
実際に所長さんに言われましたよ。研修をしてほしいって(笑)母の例じゃないですけど、今の家づくりは、ほんとにちゃんと勉強しないとだめですね。母もインスタばかり見てましたから。そんなものから情報をとってもイメージに流されちゃう。インスタに溢れている情報で勉強しても誰かの思う壺。昔も今も素人さんでは図面は読めない。それをいいことにそのメーカーの所長さんは、「今の時代はお客さんの要望に答えられるような知識のある人が求められるから、そういう人材をもっと増やしたいって思ってるんですよー」って言ってたけど、え?って思っちゃった。もう認めちゃってるんですよ。営業と設計のレベルが低いことを。本物の提案営業ができる人がいないからお客さんの要望を聞けるイエスマン営業を増やすしかないと。そこじゃないですよね、ほんとは。
その通り。多様性を認める時代にはそういう人が売れるのかなあ。うーん。今の時代だからこそ、お客さん側もちゃんと勉強しないと変な家ばかりが量産されるね。お客さんの言いなりで出来上がる素人の家が。営業や設計のレベルも下がってるならなおさら。さらにネットやインスタにはそういう本物の情報はないから余計にタチが悪い。
雄一さんが思う本物の情報とは?
家を建てる人が本当に知らなければいけない情報は、”家づくりで失敗した人の失敗談” なんだよね。まずはこれを知る必要があるね。
でもネット上にはそういうものはないですよね?
ないですね。自分たちの家づくりの失敗は高い買い物だし、気に入って買ったと思いたいから、失敗って言いたくないし、その本音は自分の親しい人にしか言わないよね。ましてネットになんか書けない。もし書いたらそのメーカーのファンから誹謗中傷が飛んでくるかもしれないしね。しかも現代は自分の要望は聞いてくれるから、それを叶えてくれた家を否定することはできないですしね。自己否定はできませんから。
でも雄一さんは家づくりの失敗した人をよく知っていると思うんですが、なぜ失敗談をたくさん知ってるんですか?
私は工務店の知り合いが全国に100人以上いて、リフォームやリノベーション、建て替えの依頼がたくさん集まるわけだけど、そこには本当に多くの失敗談があるんだよね。大手のメーカーで建てて3年でフルリノベーションを考えている人、建売りを建てて数年でリフォームをしたい人、大きな家を建てたはいいけど子どもたちがいなくなって広すぎて建て替えをしたい人。一度家を建てて建て替える必要があるということは、何かしらの不満や失敗がないとそう思わないから、そういう声が我々、工務店には集まってくる。
なるほど。ということはやはり多くは間取りの失敗なんですね?
そう。勘違いしてほしくないのは、昔建てた家が寒いとか、キッチンが古くなったとか、そういうのは失敗ではないということだね。それはある意味、時代もあるから仕方がないことかもしれない。そうじゃなくて数年で建て替えるとか、フルリノベを考えないといけないような事例が、現代では本当に多く発生しているという事実。これが私の言う失敗。家を建てたのにすぐに、あるいはしばらくすると生活がしづらくなってしまっている人が多々いる。数ヶ月、数年後、あるいは10数年後にね。これが私にとって本当にやるせない。そしてそうなっている人のほぼすべてが、劇中の勇人くんご夫婦のように、家のことについて家族について考える時間もなく家を建てた人なんだよね。
私の時代と変わらないどころかますますひどくなってる感じがしますね。
そう!だから私が立ち上がったわけ。
今すぐでも読めます
DAY2は明日、届きますが、今すぐ読みたい方は先読みもできます。以下の簡単なアンケートを提出して今すぐ読んでみてください。